日本の賃金が低いのはなぜか——

いつのまにか“ブラックフライデー”が日本に定着した感がある。

元々はアメリカの祝日「感謝祭」の翌日の金曜日のこと。多くの小売店で大規模なセールを実施し、クリスマス商戦の幕開けを告げるイベントでもある。

これを2010年代後半あたりに日本が“輸入”したわけだ。

どことなく「勤労感謝の日」がアメリカの「感謝祭」に名称の響きが近い。年末商戦への足掛かりにしたいということで、日本の“ブラックフライデー”は11月の中旬頃から1、2週間続くケースが多い。

さて、報道によれば今年(2025年)の食品の値上げ品目数が2万を超えるとのことだ。

輸入したイベントに沸くのもいいが、続く物価高はどうにかならないものか。年末商戦はこれからがピーク。売る方も買う方も、大いに盛り上がればいい。ただし、日々の消費活動のやり繰りに疲れた消費者に、購買意欲はどれだけ残っているだろうか。

物価が下がり、賃金が上がれば何の問題も無い。だが様々な事情が絡み合い、中々正解は出ない。

物価と賃金のギャップという根本的な矛盾は、次の疑問へとつながる。

目次

はじめに

「日本の平均所得・賃金は、先進国の中でなぜこんなに低いのか」——この問いは、今や多くの人が漠然とではあっても共有する疑問だ。

実際、報道や統計データは、日本の賃金・生産性がかつての“高所得国”というイメージにそぐわない現実を示している。

若い世代や子育て世代、将来に不安を抱える人々にとって、「働いても豊かになれない」「給料が上がらない」「将来が見えない」と感じることは決して珍しくない。

このような違和感の根底には、単なる一時的な経済の停滞や物価変動だけでなく、もっと根深い構造的な問題がある。

この記事では、まず国際比較データを使って「日本はどのあたりにいるのか」を確認し、その背景にある構造的な原因を分析。さらに、「ではどうすればいいのか」という将来への提案を示す。

賃金を上げて「豊かさ」を取り戻すには、制度も文化も、働き方も見直す必要があるだろう。

世界と比べたときの日本 —— 賃金・生産性の実態

労働生産性の国際比較

最近(2023年時点)の報告によれば、日本生産性本部(JPC)がまとめたデータで、OECD 加盟国38か国のうち、日本の時間あたりの労働生産性は 56.8ドル(購買力平価ベース)で 29位 だった。

この水準は、同じく先進国の代表格である アメリカ合衆国(USA)の96.7ドルの約 55% だ。

また、就業者1人あたりの年あたり付加価値(1人あたり生産性)では、2023年の日本は 92,663ドル(購買力平価ベース)で、OECD加盟国38か国中 32位 という報告もある。

この数値は、かつて「モノづくり大国」「高所得国」と呼ばれた時代の日本と比べても、著しく見劣りする。かつては米国比で 70% 程度あったという見方もあるが、近年ではそれが 60% を割る水準まで低下したという分析もある。

つまり、日本は「先進国」であるにも関わらず、労働生産性という面で必ずしも上位国と同列ではない現実があるのだ。

最低賃金・実質賃金の現状

さらに、賃金そのものの低さや上昇の鈍さも指摘されている。OECDの報告によれば、2024年時点で日本の法定最低賃金は、常勤労働者の総賃金の中央値に対する割合でみると、データの取得が可能なOECD加盟国30か国の中で 下から5番目 という低さだった。

日本では2024年に地域別最低賃金が平均で5%上がり、1,055円となったが、それでも OECD 平均と比べ賃金の底上げが遅れているとの指摘がある。

また、実質賃金(インフレや物価変動を考慮した賃金)の観点でも、2021年初頭から2025年までの累積で賃金はむしろ減少し、最近ようやく横ばいになったという報告がある。

こうしたデータから、「賃金の低さ」「最低賃金の抑制」「実質賃金の伸び悩み」という構造的な問題が、日本の“所得が上がりにくい国”という評価の裏付けとなっている。

なぜ日本は“稼げない国”になってしまったのか  —— 背景と構造的要因

日本の賃金・生産性の低迷には、複数の複雑に絡み合った要因がある。以下に主なものを整理する。

その前に、興味深い記事を紹介したい。

一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏が東洋経済オンラインに寄せた「日本人は国際的に低い給料の本質をわかってない」(2021/10/03 8:00)である。

記事には、「アベノミクス以前、日本の賃金は世界第5位だった。その後、日本で技術革新が進まず、実質賃金が上がらなかった。そして円安になったために、現在のような事態になったのだ。円安で賃金の購買力を低下させ、それによって株価を引き上げたことが、アベノミクスの本質だ」とある。

円高が進めば輸出品の価格は高くなり、国際競争力が低下する。つまり輸出が減少する。そこで、一定の円高傾向を維持するために企業側は技術革新をして、生産性を引き上げなくてはならなかったということだ。

その点について野口氏は「それが大変なので、円安を求めたのである。手術をせずに、痛み止めの麻薬に頼ったようなものだ。このため、日本の実質賃金は上昇しなかったのだ」と言い切っている。

賃金が上がらないだけでなく、円安も進んだ。相対的に日本の労働者は外国の労働者と比べて貧しく見なされるようになったのは当然の結果なのかもしれない。

野口氏は最後に「日本の企業が目覚ましい技術革新もなしに利益を上げられ、株価が上がったのは、日本の労働者を貧しくしたからだ。これこそが、アベノミクスの本質だ」と結んでいる。

「アベノミクス」の是非については別の機会に譲るが、低迷する賃金と生産性の関係性の解説としては明快だ。

労働生産性が低い・伸び悩んでいる

さて、本稿に戻る。

そもそも賃金は生産性と直接リンクする。時間あたりや1人あたりの付加価値が低ければ、その分「労働の対価」として支払われる賃金も低く抑えられがちだ。上述の通り、日本の労働生産性は OECD 諸国の中で下位にあり、先進国の平均にも届いていない。

この背景には、製造業だけでなく、サービス業・中小企業を含めた企業構造の問題があるとされる。

たとえば、日本の非製造業・小規模事業者などにおける生産性の低さが、国全体の生産性を押し下げているとの指摘がある。

また、デジタル化・IT 投資などの遅れ、設備投資の不足、業務効率化の立ち遅れなど、構造改革の遅れが「生産性の足かせ」になっているという見方も多い。

雇用構造・賃金構造の歪み —— 非正規・低賃金の広がり

日本では、非正規雇用、パート、派遣、契約社員など、正社員以外の雇用形態が増えている。こうした働き方は、正社員に比べて賃金が低く、昇給や昇格の機会も限られがちだ。このため、平均賃金や中央値が引き下げられやすい。

また、正社員であったとしても、伝統的な「年功序列」「終身雇用」「年齢・勤続年数重視」の賃金・昇給制度が根強く残る企業が多い。これにより、成果や能力よりも「年齢」や「勤続年数」で賃金が決まりやすく、若年層や中途採用者、転職希望者は報われにくい構造になっている。

こうした構造は、労働市場の流動性や能力主義・成果主義への移行を妨げる。結果として、人材の適材適所の配置や報酬の見直しが進みにくく、賃金全体の底上げにつながりにくい。

企業文化・経営姿勢:コスト抑制・内部留保志向

日本の多くの企業では、利益が出てもそれを設備投資や人材育成、研究開発(R&D)にはあまり回さず、配当や内部留保を重視する傾向が見られる。こうした経営姿勢は、賃金を上げる余地を縮める。たとえ企業が利益を上げていても、その利益が従業員の賃金に反映されなければ、働いても報われない社会になる。

また、コスト管理や人件費抑制を優先するあまり、アウトソーシングや非正規雇用、派遣労働に頼る企業が多く、生産性や従業員のモチベーション、スキル投資も抑制されやすい。これが、日本全体の生産性・賃金水準の低迷に拍車をかけている可能性がある。

マクロ経済と人口構造の変化:少子高齢化・人口減少・需要の停滞

日本では、少子高齢化と人口減少が進んでおり、生産年齢人口(働き手となる人口)が減少傾向にある。

加えて、経済成長率が他の先進国に比べて低く、国内需要の伸び悩みや消費の抑制が生じやすい。このようなマクロの構造変化は、企業の投資意欲や人件費の引き上げに対する慎重姿勢を生みやすい。

また、高齢者の就労率は近年上がっているが、それによって賃金全体を押し上げるほどの「高付加価値な働き手」が増えているかは疑問であり、結果として単なる労働力確保のための雇用にすぎないケースもある。

最低賃金と賃上げの鈍さ

上述のとおり、日本の最低賃金は OECD加盟国平均と比べて低く、また法定最低賃金の引き上げも他国と比べて緩やかだ。

さらに、名目賃金が多少上がっても、インフレや物価高で実質賃金が下がったり横ばいだったりするため、「給料が上がった」という実感が得られにくい。

こうした「賃金の底辺の低さ」と「上昇の鈍さ」が、国民の所得の伸び悩みに直結している。

どこを変えればいいか —— 賃金・所得を上げるための処方箋

構造的な問題を踏まえると、「賃金を上げて所得を改善する」には、多面的なアプローチが必要になる。以下に、実効性のある方向性を示す。

生産性向上:投資・イノベーション・デジタル化

まずは「もっと効率よく、付加価値の高いモノ・サービスを作る」こと。これには、企業による設備投資、デジタル技術(IT/DX)の導入、業務効率化、研究開発(R&D)への投資が欠かせない。

国としても、単なる補助金・助成金だけではなく、成長戦略としてデジタル化推進、中小企業の支援、イノベーション促進、起業支援、外国人材の受け入れ、多様な働き手の活用などを包括的に進めることが求められる。こうした投資と改革が実を結べば、「1人あたりの付加価値」を大きく引き上げることができる。

雇用制度改革と働き方の多様化

正規・非正規の格差を是正し、流動性ある労働市場を構築する。そのためには、年功序列・終身雇用に縛られず、「成果・能力主義」「ジョブ型雇用」「中途採用の活性化」「副業・兼業の容認」「柔軟な働き方(時短・テレワーク・裁量労働など)」を推進する。

これにより、有能な人材が正当に評価されやすくなり、職業間・世代間格差の是正にもつながる可能性がある。また、多様な働き手(若者、女性、高齢者、外国人など)の活用は、人口減少というマクロ課題への対応としても重要。

最低賃金の底上げと中小企業支援

最低賃金や底辺の賃金の低さが、全体の平均を押し下げているならば、底上げは不可欠だ。その際、中小企業・サービス業など弱者(資金力の乏しい企業)への支援を同時に行う必要がある。たとえば、税制優遇、低利融資、人材育成支援、設備投資補助などを通じて、賃金を上げやすくする仕組みを整える。

ただし、最低賃金だけを引き上げても、付加価値や生産性が伴わなければ、長期的には限界がある。そのため、生産性向上と賃金底上げを同時に進める「両輪」の政策が重要だ。

税制・社会保障・家計支援の見直し

賃金が上がっても、税金、社会保険料、住宅や子育て、教育などの負担が大きければ、手取りや可処分所得は十分に増えにくい。よって、税・社会保障制度の見直し、子育て支援、教育費負担軽減、住宅政策の強化などを通じて、家計の実質的な「豊かさ」を支える体制づくりが求められる。

特に、若年層・子育て世帯・共働き世帯、高齢世帯など、多様な世帯形態に配慮した制度は、日本の人口構造や社会の将来を考えるうえで重要だ。

企業文化・経営マインドの刷新

最後に、企業側の「文化」や「経営マインド」の変革も不可欠だ。内部留保やコスト抑制ばかりに偏らず、「人材は財産」「投資・育成は将来への投資」という価値観への転換が必要。

そして、企業が積極的に人材育成、スキルアップ、働き方改革、柔軟な労働制度を導入し、成果や能力に応じた報酬を支払う——そんな環境を整えることで、個々人のモチベーションと生産性を上げる土壌が生まれる。

おわりに:日本が再び“稼げる国”になるために

今の日本の所得・賃金の低迷は、たまたまの景気後退や一時のデフレのせいではない。労働市場、企業文化、経済構造、人口構造——多くの要素が複雑に絡み合った「構造問題」だ。そして、それを解決するには、単一の政策や一時の支援ではなく、包括的で長期的な視点に立った改革が必要だ。

生産性の向上、雇用制度の見直し、最低賃金の適正化、税制・社会保障制度の改善、企業マインドの刷新——。これらを同時並行で進め、個人・企業・政府がそれぞれ責任と役割を持つことで、「働いても報われる社会」「先進国らしい高所得・高賃金」の再構築が可能となる。

特に、若者、女性、高齢者、非正規、地域の中小企業など、多様な人・組織を包摂する社会への転換は、少子高齢化、人口減少といった日本の構造的な課題への対応としても不可欠だ。

これらが自分の事として受け止められ、議論や行動のきっかけになった時、それは「希望の始まり」となろう。

(四谷)

参考文献リスト

1. OECD(2024) “Average wages”

2. OECD(2024) “Productivity Statistics”

3. 内閣府(2023)『日本経済2023-2024』

4. 厚生労働省(毎年)『賃金構造基本統計調査』

5. 日本銀行(2022)『企業の賃金決定行動に関する分析』

6. 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)(2022)『非正規雇用と賃金格差に関する研究』

7. 経済産業省(2023)『新しい資本主義のグランドデザインと実行計画』

8. OECD Economic Surveys: Japan(最新版)

9. Columbia University / IMF(2021) “Wage Dynamics in Japan”

10. 濱口桂一郎 (2020) 『日本の雇用と労働法』岩波新書

11. 宮坂学(2023)『生産性がすべて』ダイヤモンド社

12. 三谷宏治(2019)『日本の経営を変える』東洋経済新報社

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